粋な人、粋なはからい、粋がる、無粋など「粋」という言葉は
私たちの身近にある。 えっ? その「粋」を構造的に解明
する? ふ〜ん、こんなことに興味のある人もいるんだな
くらいに考えていたけれど、では「カンの構造」はどうかな?
土地勘、刑事のカン、親のカン、動物的カン、勘がにぶい、
勘が鋭い、いい勘してるね、などこれまた日常よく使われる。
ずいぶん以前に 「カンの構造」について書いてみたいと思ったけれど、
むづかしくてあきらめていた。 でも英検をやらせる度にこのことが 浮上。
生徒が 「カンでやったから」という言葉をよく口にする。
英検はご存知4択問題で 記述は2級までは一切なし。
筆記テストといっても 整序作文以外はすべて読解で、これも4択。
う〜ん、このあたりが 子供の気持ちとしては
ほんとに自分で考えて正解をだせたという実感に乏しいのではないか。
そこで子供たちには「カンは能力だ」「カンは育てるものだ」とよく言っている。
実は、長期に亘るリスニングの習慣づけを通して培える最大の能力は
「英語に対する勘」に他ならないのでは、
物事を理論的に理解し、 膨大な情報量を どんどん理解し、処理してゆく能力はもっと先に育つので、
幼児、小学生の今 蓄積できるのは、「英語のカン」であると確信している。
カンはでたらめという意味でも使われるけれど、 正統派のカンもあるのだ。
さて、今回の「カンの構造」は のど自慢ふうにいうと
カーン!鐘ひとつでした!